職人の住む町
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優れた和船技術を活かして、現在は最高級のプレジャーボートを造っている。
9代続き、且つ現代の船を造っている造船所は日本でも唯一といってもいい。江戸の和船から始まり、洋船にその技を見事に開花させた努力は大変なものである。造られるボートやヨットは、全て木製。商社などで扱っている船をファミリーカーとするならば、総マホガニーの船は正にロールスロイスの風格である。
佐野氏の船を持つ事が究極であると言われるのもうなずける。
一隻のヨットやボートは、10ヶ月から一年かけて作られる。部品一つ一つが工芸品であり、船大工としての兄弟の技が並々ならぬものである事を感じさせる。全て手作りの技は、注文するオーナーの依頼を見事に形にする。技の一端を見せてもらった、組まれた木は互いに干渉し合い、どう組まれたのか不思議な形をしている。船が揺れる状況を想定し、多方向からの圧力にも外れにくい組み方、独自の和船の技である。
また、しっとりと光るデッキの素晴しさは、今の外洋客船のデッキには全くないものであり、日本が誇る巨大客船のどんな部屋を持ってこようとも、その客船はプレハブにしか映らないと断言出来る。昔、ギリシャの木製の大形のクルージングヨットが寄港したとき見に行ったことがある。そのギリシャの船の船客名簿には、ジャクリーヌ・オナシスやカルダンなど著名人の名前が多数書かれていた。正にその優雅さを佐野の船は持っている。
9代目の船は理想的な木造船の優雅さと力強さを持ち、世界に誇れる繊細さで迫ってくる。
正にファン垂涎の的さすがである。
日本の技文化の大きな特徴として、常に美学が全体を支配しているが、その職人の考え方の全てが作品に凝集される。それを板切り一つから見せてくれる日本の技の集大成のひとつが、佐野のボートと言える。
余談になるが、30年程前、小笠原にはカヌーがよく見受けられ、このカヌーで兄島にアカバを釣りに行った思い出がある事を話したところ、そのカヌーを作ったのは佐野さんの師匠であるお父さんで、当時手伝った思い出があるとのこと。奇遇にも30年後にカヌーを作った人に取材することとなった。
小笠原には、昔ハワイと同じカナカ民族が入植しており、南の文化があった。その流れからカヌーを多用してウミガメなどを取っていた。丸木船によく安定フロート(バランスをとる為に横にはり出した2本棒)が付いているが、このアームをアウトリガーと言う。このボートのアームは、木の根ッ子の自然な曲がりを利用していることを始めて佐野さんから教えられた。ほとんどの大工職人が出来なくなっている昔の大工の技、曲がった丸木をそのまま上手く使っている梁などを思い出した。技はもちろんであるが活かす為の智恵でもあると感じた。

  昔は屋形船や木場の丸太を引く船等を作っていました。父に師事したが、佐野の造船技術を活かす為に、これからは学校へ行って洋船の技術を学ぶ事が必要であるとのことから3兄弟とも専門知識を学んでいます。
子供の頃から船を作るのを見て育ち、手伝って来たことから何の迷いもなく選んだ道です。
本格的に始めてみて分った事ですが和船の技術は素晴しく、海外のボルト締めの船とは全く違っています。その技術に外国の関係者は一様に驚きます。
アメリカの造船学校で学んだ日本人が、その学校の校長に「何故、佐野に行かないのか」と言われ、訪ねてきたことがあります。また、日本にいるよりアメリカで活動しないかと誘われたこともあります。しかし和船の技術を活かして造る伝統は守っていくべきと考えていますし、海外のボルト締めのボートとは根本から違うものと思っています。
  私達の船の大きな特徴は、9代続いく和船からの伝統です。素晴しい和船の技術を随所に活かしている事です。
例えば、洋船には使わない技ですが、和船には水洩れ対策に詰め物などを全く使わずに水を止める技術があります。小口を突き合わせた間に鋸を入れる一見無駄の様な技の使い方ですが、その後出来た板を突き合わせたままパッキンも入れずに水を止めるといった技です。今まで海外の造船を研究してきていますが、日本独自の技といえます。あらゆる力が加わる為の木組みの技も和船独自のもので、指物師が行う技とも多少違った技を使っています。
正に江戸の伝統の技が活きています。細かい部分にも神経を使っている点も特徴です。板の使い方も、木の癖と性質をしっかり読み取り使います。波の強い力、ローリング、ピッチング、そして捻りなどが船体に加わることを常に考え、また、大きなバラストやエンジンを取り付けて揺れる訳です。船の不調は命にも関わる問題です。
又、一生に何隻作れるのかを考える時、一人前になってから25隻作れればといったことになり、たとえ構造に関りのない部分であっても、手を抜いて造るということは考えられないことです。多分手を抜いたら一生悔いを残し続けると思います。
 
  9代続いた佐野の船を兄弟揃って守ることは大変なことです。基本的には手を絶対に抜かずに、佐野の船はいつまでも最高であると言われ続けられるように頑張ることです。
  情熱を持って常にやることが大切です。

 

職人名 佐野龍太郎(さの りゅうたろう)
佐野 稔
職人区分 名匠(系統)
雅号又は銘  
生年月日 佐野龍太郎 昭和27年5月2日
佐野 稔  昭和28年7月26日
職種(種) 船大工 ヨット&ボート
作品(アイテム) ヨット、ボート
技数(積)
次代、素人から始めて手伝えるような状態になるまでの期間
5年でやっとお手伝いといったところ。船体の塗装までとなると10年からやっと始まる程度と思います。
例えば、丸太から、大きな板を切り出し、曲げたりするには木の性質を学ばなければなりません。基礎的なことだけでも大変です。まして私達が作る船は外洋を帆走することもあり、命を預かる船ですから、いい加減な気持ちでは造れません。従って学ぶことは非常に沢山あります。
技の種類や工程
鋳物、エンジン、セール、金物など以外の物、例えば 丸太の板きりから始まり骨組、船体、マスト、外装、内装に至る船艇の全工程を行う。
現在の立場(役) 生涯現役
次代 他  


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