ともかく出来栄が違う。納得出来る扇子である。大きな舞い扇から茶道の小さな扇子、そして江戸扇子の粋な持ち扇がまたまた結構なものです。この親方はまだまだ進化が形になって見えている職人ですから今後も目が離せません。手描き友禅の開祖友禅斉も始めは扇子の扇面絵をやっていたといいます。和扇子の紙と竹を基本として折りたためる形は日本固有のもので昔は中国やヨーロッパにも多数輸出されていました。扇子職人も非常に少なくなっています。これを機会に日本の扇子に興味を持って見て下さい。 当代は職人の中では若い方ですが、老職人が共通して語ることは、『若い時の作品は勢いが違います。私は楽しく自信を持って臨んでいたのは40代から50代でした。まだまだと思う反面、若いので恐い物がなかったようです。』と語る。正に深津氏当代の挑戦は、力を感じ実に信頼出来るものを作っていた。 『私は昭和30年、子供の頃から手伝っていましたが、弟子と言う形で修業を初めてからは現在で18年、まだまだ研究することの積み重ねです。材料や時世も含め変わっていく訳ですから一生修業と言う事になると思います。可能性と挑戦を考えるとワクワクします。 『日本職人名工会からの依頼については、私の技の部分で、ひとつ上を心掛けて作らせて頂きます。せっかく名工会に参加させて頂いているのですから恥ずかしいものは出せません。』と語っていた。使って、持って違いが分る扇子です。昔全国から大名が連れて来た職人の技などと同様、京都の扇子から江戸扇子へとつながり、友禅等と同じにはんなりに代表される京都の姿から、江戸の洒脱と粋を代表する形に扇子も変化させて来た深津の扇子、江戸の芸者衆が粋な形に変えて来た友禅と同じ経緯を感じ感動する。もみや金砂子など深津氏の技にもこうした歴史の流れを感じる。舞い扇など特注物の注文にも応じているとのことでよろしかったら御連絡を下さい。
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