職人の住む町
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東京では皆無といえる琉球三味線の職人である。若いが自分で造り初めてから7年ほどになる。演奏と唄も自ら行い。伝統的な島唄の大会にも出場し優勝している。これも作る為に始めたものという。石神井公園の沖縄県人の集いは多くの沖縄音楽愛好者が参加するが、その中の上級者達がかなり小浜氏の三味線を使っていた。棹と箱の付け根である鳩胸の部分の形状はどの三味線のものも違っていた。ネックの部分も同様である。
音は艶のあるしっかりした響きである。どのように変わっていくのか楽しみな職人である。
琉球三線の難しさは特に棹の材質です。私は一般の材質は選ばず、家屋などに使われた古い床柱、黒檀や紫檀などを買い求め続けています。一般的な枯らした上で立てられる家屋ですが、さらに築何十年と経過し解体した床柱が最高です。こうした木を探すのが又、ひと仕事です。

  石垣島の白保が私の出身地です。小さい頃から毎日のように名工と言われた親戚のおじさん 新良幸栄の所で見ながら独学で勉強しました。
幸栄親方の息子幸人は“パーシャ=クラブ”というグループでバンドをやっているので御存じの方も多いと思います。
  良い物はどんどん取り入れていきます。例えば
 1.銘木の品質、楽器の性能、形を考えて作ります。
 2.基本を崩さず機能面を高めていきます。
 3.使って頂く人との会話、要望を取り入れていく。
特に気をつける点は、糸を巻き込む部分の互換性、私の三線ならば他人の物と入れ替えてもぴったりと合います。又、弦巻は角度を広くとって巻きやすい形になっています。箱と棹の接合部は三線の命とも言うべき所で、最も神経を使います。どの作品も自信を持ってきっちりと音が伝達出来る精度を保っています。
 
  21世紀の名工となる。
  私自身若いので、先輩名工を追い抜く気持ちで切磋琢磨しています。

 

職人名 小浜大造(こはま たいぞう)
職人区分  
雅号又は銘  
生年月日 昭和39年2月7日
職種(種) 琉球三味線
作品(アイテム) 三味線
技数(積)
弟子入りしてから手伝えるような状態になるまでの期間
技の種類や工程
現在の立場(役) 現役
次代 他  


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