職人の住む町
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国内外の演奏家、業界に広く知られるギター職人である。又、“第三の男”で有名なアントンカラスが自ら演奏していた楽器チター、スライド音とハープを横にした32弦が奏でる甘美な和音に心ときめかせた方も多いはず。日本で唯一のチターの製作者でもある。
ギターはもちろん、チターも海外の演奏家がコンサートなどで使っている。元々はギターのアコースティックな音に魅せられ、製作を始めたが、木が好きで細工には自信があったと言う。18歳の頃大工に興味を持ち、父と共に自宅を作ったが、むしろ大工仕事より繊細な細工物に興味を持った。
小森氏は“木との対話”を最も重視する。銘木が本来持っている音の性質を素直に最大限引き出してあげられるかが重要であり技という。又、ギター選びの注意点として、現在、有名品と言えど粗悪なものもかなり出回っている現状があります。又、日本人は楽器を銘柄で選ぶ人も多いですが、実質で選ぶことが大切と考えます。外国人の演奏家は逆に小森氏など日本のギター職人のものを選ぶ人も多いのはその象徴的な話しで面白い現象です。

  木材とその加工等が、子供の頃より好きだったので、国有林野庁に10年勤務後、弦楽器製作の世界に転向。
1964年、河野賢氏にギター製作の修行の為入所。北海道で木材の魅力、伸縮の恐さを身を以て知っていたので、木材の乾燥・管理と製作上の工程や道具造りの技等を同時進行で学んできた。修行する者が皆独立を目指している訳ではなく、独立を目標に頑張る人は、力の差が出る為、“出る杭は打たれる”といった点で大変でした。ギター音楽は弾く事も、聞く事も好きであった事が幸いし逆境にも耐えられたのだと思う。1972年、8年間の修行終了。
1973年、埼玉県所沢市にて、小森曠ギター工房開業。1983年、ヨーロッパ弦楽器チター音楽に出会いチター製作も行う。
  難度は、木材の心を知ること、加工・染料の知識、塗装の技術音作りの感性、多少の演奏テクニック、又、強い個性(万人に一人)のギターなども興味あるが、受け入れられる土壌がない。トラブルが少なく音響・機能共に永年使用に耐えられるギター作りを目指して今日に至る。
 
  世界へ向かっての物作りは、奏者の個性との出会いであり、ここで極まる。結論としては“物が物を云う物を作る”という事になる。又、素材の厳選が良い楽器を作る。即評価されずとも20年30年後に必ず評価されるとの信念が突き進む原動力となる。不言実行。
  美しい音作りは、楽器作りの永遠のテーマであるが、2〜3年で大半が故障やトラブルで使われなくなってしまう。残念な事である。全ての物作りも例外では無く、特に永く使ってもらえる物を作ることが楽器造りの難しさと心得るべし。
現代の若い人は修行が苦手。就職して好待遇で仕事を覚えたい人が多い、辨が良く回り身体ではなく頭で覚えようとする。修行とは待遇を望まず、努力して体で仕事を会得するものと心得てほしい。

 

職人名 小森曠(こもり・ひろし)
職人区分 名匠(特技)
雅号又は銘 H.KOMORI
生年月日 昭和6年6月15日
職種(種) ギター・チター
作品(アイテム) ギター・チター
技数(積)
次代、素人から始めて手伝えるような状態になるまでの期間
5〜8年。 難しさは、響く材質、後々まで“狂い”が生じにくい材の選択、伸縮防止策等は10年以上乾燥させて製品化する必要がある。
技の種類や工程
原材料の選別ム仕入れーパーツ作り(乾燥、管理10年前後)ム設計ム全て接着による組立製産ム塗装の仕上げー弦はりー調整ム試演ム完成ム納品。その他、自作品の修理、クリニック、メンテナンス一貫した作業をひとりで行う。
加工手工クラシックギターは素材が北はドイツ、カナダ辺り、南は中南米から赤道直下辺りからインド、ブラジル奥地と世界の銘木で作られている。それぞれに対応する基礎的加工技術として木工全般、塗装、色彩センス、楽器の演奏、音に対する感性等が不可欠。
現在の立場(役) 生涯現役
次代 他  
   


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