職人の住む町
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江戸人形町に現在も続く有名な刃物店“うぶけや”が生毛を屋号としており、もともとは毛抜きを作っていました。江戸末期の浮世絵の美人画に毛抜きを使っているものがあります。
今のいろは毛抜きと全く同じものです。江戸で有名なうぶけやの物であったろうと推測します。うぶけやの毛抜きは倉田親方の所で作っています。
倉田家の初代には息子が6名おり、全てが毛抜き職人でした。現在の親方は三代目。
明治8年に初代が江戸の毛抜きの道に入ったとあります。当時、倉田一族は毛抜き職人として名を馳せている名門でした。倉田家のニ代目は、このうぶけやでも修業をしていました。
言わば江戸毛抜きの本流であります。現在、叩いて作っているのは毛抜き業界では倉田親方だけです。材料を過熱せずに、重い金づちを振って中央と先の部分を薄く叩き延ばします。
他の職人のほとんどはフレキションと言う機械で一気に潰してしまいます。叩く事で組織が密になり力が入ります。刃物でも叩くことで質が良くなります。どんな毛でも逃さないホールディングの良さは親方の一族ならば当たり前の技です。材質は希望によってステンレス、金、銀を使い、また、彫金師と組んでお洒落な彫刻入りの毛抜きなども作っています。
特徴としては、刃先に力が集中し、毛がゆっくりと毛穴から引き抜かれるという不思議な感覚で、今迄経験した中で痛みが一番少ないものでした。毛抜きは一生使えるものですから、価格を考えると実に安いものだと思います。又、親方の物であればメンテナンスは万全です。
親方の趣味はボーリングです。シニアの選手として全国三位であります。年を感じさせない若さの秘けつは、仕事を一生懸命することと、スポーツと言います。

■ 歴史 創業明治8年


  中学2年の時、父に師事しました。毛抜き一つを作るにしても思いハンマーを600回振り下ろします。この音で師匠は技量を図ります。来る日も来る日もハンマーを持って振り続けます。今でも一日中振っていても平気です。難しさは言葉には表せません。
  毛抜きは、刃先で掴んで抜くのではありません。平面でうぶ毛を挟み込んで抜きます。優しく毛穴から引き抜く感じです。従って思うよりはるかに痛くありません。現在医療用の毛抜き、料理人用の魚の骨抜き、美容用のうぶげ抜きなどを作っています。
 
  『努力する以外なし』
  3年から5年で一部を手伝える程度。

 

職人名 倉田 義之(くらた よしゆき)
倉田 聖史
職人区分  
雅号又は銘  
生年月日 昭和8年2月21日
職種(種) 毛抜き
作品(アイテム)  
技数(積)
弟子入りしてから手伝えるような状態になるまでの期間
3年から5年で一部を手伝える程度。
技の種類や工程
1、 コイル状の材料を寸法切断。(厚3mm、巾6mm、寸法155mm)
2、 厚3mmの材料と両端0.8mmまで叩き形状を造る。
3、 中央の折曲部分を0.8mmまで叩きながら材料の芯を抜き、毛抜きの完成時のバネの強さを加減する。また、折曲げて完成時の86mmになるよう寸法を計ります。
4、 18.8ステンレスは叩けば固くなる為、中央部分を焼きなましする。
5、 両端を叩き、広がった部分を毛抜きの種類によってプレスにて型抜きし形状を作る。
6、 2、3のハンマーにて叩いた材料の凹凸を平らにならす。
7、 ヤスリにてコバの部分を仕上げる。
8、 ヤスリにて斜に仕上げる。
9、 バリを取る。
10、 毛抜きの裏をバフ研摩3行程にて磨く。
11、 18.8ステンレスの刻印を打つ。
12、 倉田義之の銘を切る。
13、 8の斜にヤスリ掛け部分を丸みをつけながら、細かいヤスリで仕上げる。
14、 曲がりを直すソリ打。
15、 瓢の形を作る。
16、 両端の刃付けをする。
17、 両端を曲げる。
18、 中央を曲げる。
19、 左右の形状を見ながら調子を見る。
20、 刃先を合わせる。
21、 毛抜きの表面を磨く。コバ(側面4行程)
22、 表面3行程研摩。
23、 刃先の最終仕上げ。
24、 刃先に砥石入れ、細部に注意し検品し完成。
現在の立場(役) 生涯現役
次代 他  
   


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